今、平成を振り返る。90年代の原宿ファッションの歴史と変化

今、平成を振り返る。90年代の原宿ファッションの歴史と変化

西暦2019年4月30日をもって幕を閉じる「平成」。
約30年間の歴史を紡いできたこの平成の世は、目新しいカルチャーが続々と誕生した時代といえます。
とくに、平成時代を振り返るにあたって見逃せないのが「原宿ブーム」。
現在の原宿といえば、カワイイファッションやインスタ映えなどが主流ですが、この原点といえるのが平成初期に大ブームを巻き起こした「裏原」「原宿ストリートファッション」です。 この平成初期の裏原・ストリートブームが東京のファッションシーンを作り上げ、牽引してきたと言っても過言ではありません。
平成最後を迎えた今でもなお語り継がれるオシャレの原点、90年代の原宿ファッションの歴史や変化について振り返ってみましょう。

90年代初頭、東京のストリートファッションが世界に注目される

90年代初頭、東京のファッションシーンは個性を重視する人々で溢れていました。
クラブミュージックの流れを受けたファッションなども流行し、洋服をリメイクしたり手作りしたりして、それぞれがファッションを楽しむ時代へと突入したのです。
とくにこのとき流行っていたのが、体にフィットするピチT。女性が着るようなピチピチのTシャツを男性が着るのがトレンドといえる時代でした。
このようなファッションを楽しむ男性のことを、フェミ男・カマ男と呼んでいたのもこの時代の特徴です。

1993年、裏原ファッションの歴史がはじまる

フェミ男カマ男のブーム以降、平成が始まってしばらく経つ1993年、渋谷区神宮前4丁目にとあるセレクトショップがオープンしました。 これは、当時の若者から絶大的人気を誇っていた藤原ヒロシ氏を筆頭に、NIGO氏、高橋盾氏らが始めたストリート系中心のセレクトショップ。
このショップがデビューしてからというものの、それまでの原宿ファッションが一変し、時代は裏原ストリートファッションへと変化していきます。
ビッグTシャツやスカジャンなどを着用した若者が増えていきました。

1995年、裏原ストリートブームが巻き起こる

渋谷区神宮前4丁目とは、原宿の中で裏手にあたる静かな住宅街。 これが裏原の語源となり、一躍若者の共通語に。
今ではたくさんのオシャレカフェやセレクトショップが立ち並ぶ場所になっていますが、そのきっかけとなったのは、この裏原ブームがあったからこそといえます。 この裏原で、90年代初頭にブームとなっていたピチTは姿を消し、代わりにビッグシルエットのTシャツを着る人々が増え始めました。
これこそが裏原系ストリートファッションの代表的スタイルであり、現代でも受け継がれている定番型といえます。

多種多様にブームが枝分かれしていった90年代のファッション

90年代後半になると、ファッションのブームは枝分かれしていくようになります。 中でも目立ったブームといえば、派手なメイクや焼けた肌をアピールしたコギャルブーム。 その一方で、裏原系やコンサバ系などのトレンドも継続し、ファッションやトレンドのジャンルがたくさんありました。
1つのトレンドに全員が乗っていくのではなく、数あるトレンドの中から自分にハマるものを選んでいくというスタイルができあがっていったといえます。

多種多様にブームが枝分かれしていった90年代のファッション

約30年の時をかけて、たくさんのファッショントレンドを生み出してきた原宿。 その歴史の中で、トレンドに流されない確固たるスタイルを確立してきたといえます。
平成から次の時代へと時が変わっても、原宿はファッションの街として東京のファッションシーンを牽引していくのです。
これからも見逃すことのできない原宿に注目していきましょう。

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